※ 専門家のコラム(3) ※


★組織とマネージメント,AA

 私たちは1人だけでは何もできないことがたくさんあります。強迫性障害の治療がもっと世の中に広まるようにすること,困っている人たちにこのニューズレターが届くようにすること,月例会を開催すること,そして今年10月26?27日の第10回市民フォーラム。どれをとっても私個人はもちろん,どこかにスーパーマンのような人がいたとしても,その人1人でやりこなせるものではありません。診察室では患者さんと私だけの2人で問題を探り,物事を解決しているように見えますが,これも事務受付や調剤薬局などの組織が健全に動いていて始めてやれることです。日本銀行が崩壊したらお金も使えなくなります。原井には医師という資格がありますが,厚労省が国家試験で裏口をやったり,医療過誤や犯罪を犯した医師の資格を剥奪する医道審議会が機能しなければ,無意味な資格になってしまいます。組織とは個人に生活のもととなる社会的地位や役割を与えてくれるものです。逆に言えば個人は組織に属することで自己実現や社会貢献の機会を見いだすことができます。
 他人の手を全く必要としない,組織などいらない,一人だけでいくらでもやりたいだけ完璧にこなせる行動の代表選手と言えば,強迫儀式でしょう。強迫性障害を治すとは,一匹狼になっている患者さんや社会から孤立した家族を治療者が意図的につくった“治療組織”に巻き込むことだと言えるぐらいです。
 一方,このような大事な組織をどう運営するか,つまりマネージメントは,誰もが悩む難しい問題です。選挙で選ばれた選良ですらそうです。たとえば今の民主党は党を誰がどう運営したらいいのか,答えが見つかっていないようです。私にとってもそうです。一対一ならば行動療法,動機づけ面接という武器がある私も,組織相手となると“○○療法”を使えば良いと簡単には言えません。行動療法の一つである応用行動分析の中には組織内行動マネージメントという専門領域があります。とても有用なツールですが,OCDの会のようなボランティア組織で系統的に使うのには無理があります。どう使えば良いかを説明するのに時間がかかるし,それでできることは月例会の出席者数を増やす事ぐらいだからです。
 このように考えれば,どんな組織も苦労しているということになりますが,実際は上手く行く組織と壊れていく組織に別れていきます。どんな組織でもスタートはある程度上手く行きます。強迫儀式が最初のうちはやることで生活もある程度こなしながら,強迫観念にも上手く対応できるのと良く似ています。何年かは特別なルールをつくらなくてもなんとかなります。しかし,途中から,組織が大きくなったり,世代が交代したりすると,どこかで意図的なマネージメントを行う必要がでてきます。
 私が知る限り,世界的規模に大きくなりつづけながら,壊れずにやれている組織の代表選手はAA(無名のアルコール依存症者たち)でしょう。彼らは逆説的ですが,マネージメントをする組織内組織をできるだけ小さくすることを選びました。特に「匿名性」のおかげで人間が大きくなった組織に求めがちな売名欲を未然に防ぐことに成功しています。こうしたAAの組織原則をまとめたものが,12の伝統です。伝統の12:「無名であることは,私たちの伝統全体の霊的な基礎である・・・」は,「OCDの会の原井」であって,「原井のOCDの会」ではあってはならないことをよく思い出させてくれます。 



               なごやメンタルクリニック 精神科医 原井宏明

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