※ 専門家のコラム(4) ※


◆考えすぎる強迫の罠〜調べる強迫がデート相手の探し方を誤らせる〜

 「一生の伴侶を選ぶときには,よく考えて選びなさい」
こう言われて,反論する人は誰もいないでしょう。
 伴侶を選ぶときだけではありません。大きな買い物をするとき,進学先や就職先を選ぶとき,家を建てるとき,子どもを作るとき,病院を選ぶとき。おおよそ,死ぬとき以外,人間は考えて行動すべきとされているようです。したかったからという理由だけでセックスし,間に合わなかったからという理由だけで,できちゃった結婚し,飽きたからというだけの理由で離婚するような人は回りからあらゆる言葉で非難されます。
 何かを選ぶとき,あらゆる可能性を考え,できる限り情報を集め,その情報から合理的に判断する,それが一番良い,というのは“常識”として頭に染みついているかのようです。でも,こういう当たり前の常識というのはしばしば私たちが選び間違いの罠に陥る原因にもなります。もし誰かに好きな異性ができたしましょう。その人にデートを申し込むとき,初デートでの昼のランチを選ぶとき,会う前にトイレに行くタイミングを選ぶとき,「結婚しよう」というタイミングを選ぶとき,その誰かさんがあれこれ考え,ネットで調べだしたら,二人の恋は先々どうなるでしょうか?
 アメリカではスピード・デートというのが流行っています。婚活パーティーのようなものです。ここでも,たくさんの選択肢があると,良い選択をするのが難しくなることがわかっています。魅力的な異性がたくさん並んでいて,よりどりみどりなのは一見,天国のように見えます。でも実は逆なのです。アメリカのアリソン・レントンとマルコ・フランチェスコーニの二人が84カ所のスピード・デートにおける3700人のデート決断を研究しました。その結果,候補者のデータ,年齢や身長,職業,学歴などが詳しくなればなるほど,どの一人とデートをするかという決断が難しくなることがわかりました。この決断困難の傾向は,候補者の数が多くなれば余計にひどくなります。大勢の候補者と詳しいデータの両方がそろえば,結局,誰ともデートしなかったという人の方が多くなるのです。
 出会い系サイトを対象にした研究でも,アリソン・レントンとバーバラ・ファソロによれば,大勢の候補者のプロフィールを見た人と,2,3人のを見た人の間では,デート後の満足度では後者の方が高かったのでした。
 このように考えれば考えるほど,情報を集めれば集めるほど,混乱して,決められなくなり,また決めても満足度が低いという現象はデートに限りません。また,同じような決断困難の現象は動物でもみられます。人でも動物でも何千年という間,シンプルな世界で生きてきました。明治時代の日本の兵士はご飯ばかりを毎日5合食べて,それで「銀シャリが食べられて幸せ」だったのです。
 私たちの祖先には,ネットも本も教育もありませんでした。情報があるのは良いことだ,進化だ,と考えて,私たちは情報の洪水の中に生きているのですが,それが幸せになる方法かと言えば,本当は逆と言うべきなのでしょう。

《文献》
Sander van der Linden, Speed Dating and Decision-Making: Why Less Is
More Sometimes more choices leave people worse off, Scientific
American June 2011




               なごやメンタルクリニック 精神科医 原井宏明

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