※ 専門家のコラム(7) ※


                                       臨床心理士 矢野宏之

不潔恐怖・洗浄強迫の方は、清潔と不潔の境界が明確に決まっている方がいます。例えば、病院の床は綺麗、道路は汚い、和室の床は汚い、自分の部屋の床は綺麗などです。理由を尋ねると、自分なりの理由を持っている方がほとんどです。この理由は、周りの人が尋ねないと自分でも気がつかないこともあります。例えば、「カウンセリング室の床にさわってみて」と言われて初めて、カウンセリング室の床にさわれると気がついた方もいます。その方に、「なんでカウンセリング室の床はさわれるの?」と尋ねると、「カウンセリング室を歩く人は少ないから。でも、病院の廊下は沢山の人が通るから汚くてさわれません」と教えてくれました。このような現象は、他の強迫症状でもみられます。忘れ物がないかを確認する方で、カウンセリング室からはすっと出られる方がおられます。確認はしなくていいの?と尋ねると、「だって、先生なら忘れ物があったら教えてくれるでしょ?」と教えてくれました。このように、不安が起きないようにと自分で理由をつける行動を、自己再保証といい認知的な(頭の中で行う)強迫行為の一種になります。
 この自己再保証があるために、一見すると日常に障害がでない状態にある方もおられます。このような方は、マイルールと呼ぶようなルールがいくつかあります。例えば、「家の中では、お母さんが掃除をしているから大丈夫」「お母さんが、確認してくれるから大丈夫」等です。ルールが少ない間は、なんとか生活を保つことができます。しかし、人生はハプニングの連続です。ある日偶然にも、家の中でホコリが落ちているのをみつけたり、スイッチがつきっぱなしになっていることを発見してしまいます。そうするとパニックに陥ります。「自分が大丈夫だと思っていたものが、大丈夫ではなくなってしまった!」と思うことでしょう。この時、よくありがちなのが、「この場所は汚い場所で、奥の部屋にはホコリは飛んでいかないから綺麗な場所だ」「家に誰もいないから、スイッチがついていたんだ。家に誰かいれば、スイッチに気がつくはずだ」と新しい理由(ルール)を思いついてしまうことです。こうして、新しいルールが生まれていきます。気がつけば、色々なルールを気にしながら生活をすることになり、生活できる範囲が狭くなり、不自由になってしまうのです。
 ある時、沢山のルールがあるために、病室から出られなくなった患者さんがいらっしゃいました。毎日毎日、ベットに横たわり、天井をぼうっと眺め続ける生活です。トイレに行くのも苦手で、1日に数回しかトイレに行きません。その患者さんに初めてあった時、その方は、「色々と悩み続けるのは嫌だから今の生活がいい」とおっしゃっていました。ルールさえ守れば、今の生活は守れると信じているようでした。しかし、このような限られた生活でさえも、ルールは破られ、時に破られるかもしれないという不安に苦しむものです。私は、「ルールが破られるかもしれないと不安で苦しむ毎日と、ルールを気にせずに生活する毎日のどちらがいいですか?」と問いかけ続けました。何週間か過ぎた後、その患者さんは、「ルールを気にしながら生活するのは嫌だ」とおっしゃいました。私はすかさず、「嫌ですよね。じゃあ、一緒にルールをぶっ壊していきましょう」と行動療法を始めました。その患者さんは、病院の外を、一人で外出できるまでに回復しました。
 このルールを壊して行く方法の一つは、「水抜き」と呼ばれます。水抜きでは、清潔な場所と不潔な場
所の境目をなくしていく方法です。例えば、ベッドで頭と足の向きを入れ替えて寝てみる、部屋の中ごとにくつ下を履き替えるのをやめるなどです。時には、いつもと違った道を通る、いつもと違った服装・かばんで出かけるなどのことがルールを破ることに繋がる方もいるでしょう。エキスポージャーを実践して
いる方も、時々、エキスポージャーのやり方を変えてみたりすると意外な発見をすると思います。
 先日、ヨルタモリのゲストで森山直太朗さんが出演した際に、『うんこ』という歌をリクエストされました。『うんこ』の切ない気持ちを歌った歌です。Youtubeで探すとすぐに見つかると思います。洗浄強迫がある人は、聴けば少し勇気が出るかもしれません。

 ※本コラムに登場する患者さんはプライバシー保護のため、複数の方の話を合成して作っています。



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